
なぜネパールアーユルヴェーダに神秘性を感じるのでしょうか。
- 小山内愛

- 7月12日
- 読了時間: 4分
こんにちは!アクリティアーユルヴェーダヨガスクール代表の小山内愛です
ネパールのアーユルヴェーダに興味を持つ方から、よくこんな言葉を聞きます。
「なんだか惹かれるんです。」
「理由はわからないけれど、気になって仕方がない。」
わたしは、その感覚は偶然ではないと思っています。
ネパールという国にも興味を持つ方が
いらっしゃる。
実際にわたしもその一人で、アーユルヴェーダに神秘性を感じ惹かれてネパールに行き、直接学んだからです。
なぜ神秘性を感じ惹かれるのか、その理由をわたしなりに考えてみました。
もしかしたら、自分自身が本来持っている生命の感覚が、アーユルヴェーダという智慧に反応しているのかもしれません。
アーユルヴェーダは、本来は、単なる美容やリラクゼーションの技術ではありません。
その源流には、人類最古級の聖典であるヴェーダがあります。
なかでも、病気や健康、薬草、祈り、生命について記された『アタルヴァ・ヴェーダ』は、アーユルヴェーダの源流の一つと考えられています。
ヴェーダは医学書ではありません。
「生命とは何か。」
「人はなぜ生きるのか。」
「自然と人はどのように調和して生きるべきなのか。」
そんな、人間の本質を探究した智慧が記されています。
その思想が長い年月をかけて医学として体系化され、『チャラカ・サンヒター』をはじめとするアーユルヴェーダ古典が誕生しました。
『チャラカ・サンヒター』は、現存する最古級のアーユルヴェーダ古典の一つであり、単なる治療法だけではなく、心、意識、食事、生活、医師の倫理、人生の目的まで記されています。
アーユルヴェーダは、身体だけを診る医学ではありません。
心と身体、そして自然との調和を大切にする「生命の哲学」なのです。
わたしが学び続けているネパールのアーユルヴェーダでは、このような古くから受け継がれてきた智慧をとても大切にしています。
実際に現地パールにある、ネパール保健・人口省では、アーユルヴェーダの古い文献や写本が大切に保管されていることを教えていただきました。
一般の人が自由に目にすることはできず、何千年と受け継がれてきた生命の智慧として、今も大切に守られています。
また、ネパールは「人口より神様の数が多い国」です。当たり前に祈りが日常に溶け込んでいます。
朝、家族の健康を祈る。
寺院へ足を運ぶ。
自然や神々へ感謝を捧げる。
それは特別なことではなく、暮らしそのものです。
「スピリチュアル」という言葉で区別する必要がないほど、目に見えないものや心の在り方を大切にする文化があるのだと感じます。
そして、ネパールには世界中の人々が訪れる聖地、ルンビニがあります。
ここは、ブッダ(ゴータマ・シッダールタ)が生まれた場所であり、現在は世界遺産にも登録されています。
わたしも実際にルンビニを訪れました。
その場所へ一歩足を踏み入れた瞬間、言葉では表現できないほどの、日本で感じることがないようなエネルギーに全身が包まれ、鳥肌が立ったことを今でも鮮明に覚えています。
派手な演出があるわけではありません。すごくきれいなわけでもないのです。
けれど、何千年もの祈りと歴史が積み重なった空気には、人の心を静かに動かす力がそこに存在しているのかもしれません。
わたしは、本当のパワースポットとは、目で見るものではなく、魂が感じる場所なのかもしれないと思いました。
ネパールで学ぶ中では、ブッダもまたアーユルヴェーダの智慧を実践し、その教えとともにアーユルヴェーダが弟子たちへ受け継がれ、それぞれの土地へ伝えられていったという歴史や伝承が語られています。
歴史の細部にはさまざまな研究や解釈がありますが、少なくともネパールでは、哲学、祈り、医療、そして生き方は切り離されたものではなく、一つの智慧として受け継がれてきおり、商業化されることなく存在しています。
だからわたしは、日本にまだない、スパリゾート化されていない、本物のネパールアーユルヴェーダを伝えたいのです。
薬草オイルや施術技術だけではありません。
その背景にある哲学、文化、祈り、生命の見方まで、伝えていきたいなと思っています。
この世界に触れた人が、自分自身の人生を見つめ直し、次は誰かへその感動を伝えていく。そんな「伝道師」が、日本中に増えていくことを、わたしは心から願っています。


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