世界に誇るネパールのアーユルヴェーダについて
- 小山内愛

- 5 日前
- 読了時間: 16分

こんにちは!アクリティアーユルヴェーダヨガスクール代表小山内愛です
今日は、まだ日本では語られることの少ないネパールのアーユルヴェーダの真の姿とその背景にある神話や歴史について、詳しくお話しさせていただきます。
かつてのわたしは、「どれだけケアしても取れない疲れ」や「表面的な美容への疑問」を、もやもやと抱えていました。
そんな中、運命に導かれるように辿り着いたのがネパールでした。
初めてネパールでーユルヴェーダを受けた時、わたしの心と体には撃的が起こりました。
「これは単なるマッサージではない、失われた生命力を呼び覚ますプログラムだ」
直感したあの日の感動が、今のわたしの活動に繋がっています。

当時のわたしは、これからの自分の人生、そして「どう働いていきたいのか」という漠然とした不安を抱えていました。
その大きな転機となったのが、ネパールへの渡航でした。
実は当時、わたしは7番目の子供を出産したばかり。
産後の肥立ちもままならないその身体でネパールへ渡り
受けたアーユルヴェーダ治療は、わたしの想像を遥かに超えるものでした。
滞在中のわずか1週間で体重は5キロ減。
ただ痩せるだけでなく、内側からどんどん活力が漲り、元気になっていく自分を実感したのです。
しかし、一番の驚きは肉体の変化以上に「心」に訪れた変化でした。
ネパールで目にしたのは、煌びやかなスパリゾートではなく、家族を想い、祈るように施される「手」の力。
その温もりに包まれながら治療を受ける中で、不安で霧がかっていたわたしの心に、少しずつ答えが見えてきました。
生命力の開花は、「人生の目的」までも思い出させてくれ、それを実行するパワーに変えてくれたのです。
「これは単なるマッサージではない、失われた生命力を呼び覚まし、人生を再起動させるプログラムだ」
そう確信したあの日の感動が、今のわたしを突き動かしています。

健康とは「人生を幸せに選択し続けるためのエネルギー」
ネパールでわたしが学んだこと。それは、健康の本当の意味です。
ただ家族のために汗水流して働き、日々を繰り返すことだけが人生ではありません。
本当の健康とは、「自分がどう生きたいのか」という人生の選択を、主体的にし続けることができる心身の状態を指します。
「想い」があるからこそ、その器である体の健康が必要なのです。
健康は目的そのものではなく、自分の使命を全うするために必要なエネルギー。
わたしにとってアーユルヴェーダとは、
「人生の幸せな選択をすること」そのものなのです。

境界線のない時代の叡智なぜ「ネパール」こそが源流なのか。
アーユルヴェーダは「インド発祥」として広く知られていますが、歴史の糸を解き明かすと、現在のような国境の概念が存在しなかった数千年前の姿が見えてきます。
■ 歴史的背景と「源泉」としての聖地
アーユルヴェーダが誕生した数千年前、南アジアには現在のような明確な「国境」は存在しませんでした。
ヒマラヤの麓からガンジス川流域にかけては、一つの壮大な「智慧の文化圏」だったのです。
後に政治的な境界線が引かれた際、聖地ヒマラヤを擁する北側の山岳地帯が「ネパール」となりました。
この地形的な違いが、アーユルヴェーダの質を決定づけました。
平原部(現在のインド側)が耕作地や都市として発展したのに対し、ネパールの険しい地形は、手つかずの自然と「神々が宿る瞑想の場」をそのまま保存することになったのです。
アーユルヴェーダの治療に不可欠な薬草の多くは、高地の厳しい環境で自生することで、その生命力(効能)を極限まで高めます。
ヒマラヤの標高差が生み出す多様な気候帯は、数千種の薬草が育つ天然の宝庫。
この「神聖な薬草園」と、神話の時代から続く精神的拠点は、そのままネパールへと引き継がれました。

■ ブッダとアーユルヴェーダ
慈悲の精神と世界への広がり ネパールは、仏教の開祖であるシッダールタ(ブッダ)が誕生した聖地「ルンビニ」を抱く国でもあります。
ルンビニは現在、ユネスコ世界遺産として登録され、世界中から巡礼者が訪れる祈りの地となっていますが、実はブッダ自身もアーユルヴェーダの深い理解者であり、熱心な実践者であったと言い伝えられています。
当時の僧団(サンガ)では、病を未然に防ぎ、瞑想に適した健康な肉体を維持するためにアーユルヴェーダの知恵を積極的に取り入れていました。
特筆すべきは、ブッダの教えを請いに世界中から集まった弟子たちの存在です。
彼らは修行を終えて自国へと帰る際、仏教の教えと共に、ヒマラヤの地で学んだアーユルヴェーダの医学知識を大切に持ち帰りました。
こうして、仏教がシルクロードを経て東アジアやチベットへと広がっていく過程で、アーユルヴェーダは「慈悲の行い(医療)」の一部として、人々の命を救う術として伝播していったのです。
チベット医学、中国医学、さらには日本の「施薬院」に代表される伝統的な癒やしの中にも、このヒマラヤ由来のエッセンスが脈々と息づいています。

■ 口伝から国家の医療体系へ
ネパール保健省の誇り 長い間、アーユルヴェーダの膨大な知識は、師から弟子へと口頭(口伝)で伝えられてきました。
しかし時代が変わり、この貴重な叡智を散逸させないために、ネパール政府はこれらを一つに統合し、近代的な医療体系として確立するという大きな転換を行いました。
現在、ネパール保健省は、何世紀にもわたり蓄積された古文書や口伝の記録を整理し、アーユルヴェーダ専門の「図鑑(公式目録)」を発行しています。
そこには、ヒマラヤに自生する膨大な薬草の効能や詳細な処方箋が書き残されており、国家の宝として厳格に管理されています。
この「専門図鑑」こそが、ネパールのアーユルヴェーダが単なる民間の伝承ではなく、科学的根拠と国家の保証に基づいた「本物の医療」であることの証明なのです。
■ ヒマラヤ神話:神々が降り立つ癒やしの物語
ネパールのアーユルヴェーダを語る上で欠かせないのが、ヒマラヤに住まう神々の神話です。
まず、破壊と再生の神「シヴァ」。彼はヒマラヤのカイラス山で深い瞑想を行い、その強力なエネルギーによって万物を癒やしたとされています。
彼が瞑想中に流した涙が、癒やしの力を持つ植物「ルドラークシャ(菩提樹の実)」になったという伝説もあります。
また、美と豊穣の女神「ラクシュミー」も、アーユルヴェーダと深い繋がりがあります。
彼女は「乳海攪拌(にゅうかいかくはん)」という神話の中で、不老不死の霊薬「アムリタ」と共に現れました。
このアムリタを手にしたのが、アーユルヴェーダの神「ダンヴァンタリ」です。彼は薬草が詰まった黄金の壺を持ち、人々に健康と長寿を授けるために降臨しました。
薬草の女神たちがヒマラヤの雪解け水に癒やしの力を込め、神々がその知恵を人々に授けた……。
こうした物語を知ると、アーユルヴェーダは単なる科学ではなく、壮大な「生命のギフト」なのだと感じます。
神話と医学が背中合わせにあるからこそ、アーユルヴェーダはこんなにも面白く、神秘的なのです。

■ 植民地化を免れた「純粋性」の保持
なぜネパールだけが「本物」を残せたのか。
ネパールが他の南アジア諸国と決定的に異なるのは、その歴史的独立性です。
2000年以上にわたり、イギリスやオランダといった西欧諸国による植民地化を一度も受けることがありませんでした。
18世紀から19世紀にかけて、南アジアの多くの地域が西洋の支配下に置かれ、現地の伝統文化や医学が「非科学的」として弾圧、あるいは西洋的な価値観で歪められていった時代。
ネパールはその険しい地形と誇り高い精神で独立を守り抜きました。
キリスト教文化や西洋的な合理主義、ムスリムの影響を外部で遮断し続けた結果、アーユルヴェーダは「知識」として体系化される前の、生身の人間が自然と共生する「聖なる智慧」としての原型を保ったまま、今もなお息づいています。
■ 商業化に背を向けた「医療」としての誠実さ
ネパールのアーユルヴェーダは、大手企業の参入やマニュアル化を拒むような、土地に根ざした深い精神性があるため、ビジネスモデルとしては不向きです。
だからこそ、資本の論理に汚されることなく、純粋に「医療」として残っている非常に稀有な国と言えます。

■ セラピストは「一生モノの立派な職業」
現地ネパールの総合病院では、アーユルヴェーダセラピストは、医師や看護師と共に同じ病院でチームとして働き、看護師と同等の階級として扱われます。
しっかりとした給与が支給される、社会的に極めて信頼と価値が高い専門職です。
また、その高い専門性と安定した収入を背景に、自身のクリニックを独立開業するセラピストも多く、将来を担う若者たちが男女問わず憧れる「一生モノ」の職業として確立されています。
さらに、ネパールにおけるアーユルヴェーダは「国家の医療」としての強い権威を持っています。
アーユルヴェーダ省(現在は保健人口省の管轄)という国家機関が、医師の育成、ハーブの品質管理、そして治療法の研究を厳格に監督しています。
この「国が責任を持って守り、伝えている」という背景が、ネパールのアーユルヴェーダが世界で最も純粋で信頼される理由なのです。
だからこそ、アクリティでこの技術を学ぶ皆さんには、自信を持って、社会で活躍していただきたいと願っています。
それは単なる手技の習得ではなく、あなた自身が身体の正常さを取り戻し、豊かな人生を選択するための大きな力となるはずです。

■ 標高が生んだ「強靭なアグニ(消化の火)」
ネパールの人々が持つ「圧倒的な身体の正常さ」に、日本人が不調を解決する鍵があります。
ネパールは高地に位置し、生活するだけで強靭な肉体と精神が求められます。
世界最強の兵士「グルカ兵」や、エベレストの案内人「シェルパ」の超人的な力の秘密は、体を「正常に機能させる」技術を、彼らが呼吸するように当たり前に持ち合わせていることにあります。
彼らの身体論を詳しく紐解くと、以下の3点が、ネパール特有の険しい地形と環境において健康を維持するための「生存戦略」であることがわかります。
「美しい骨格」
地球と繋がるバランスの土台 不安定で険しい山道を歩くネパールの人々にとって、歪みは即、死に直結するリスクです。重力に対して完璧に重心を置く「美しい姿勢」は、意識せずとも磨かれた生存本能。骨格のバランスが整っているからこそ、内臓が本来の位置に収まり、全ての機能が円滑に回ります。
「しなやかな筋肉の稼働」
最小の力で最大の結果を 薄い酸素の中でエネルギーを無駄遣いすることは許されません。彼らは「空気を吸うように当たり前に」、必要な筋肉だけをしなやかに使い、余計な緊張を逃がす術を知っています。この筋肉のしなやかさが、血流を妨げず、全身へエネルギーを届けるポンプの役割を果たします。
「強靭なアグニ(消化の火)」
毒素を寄せ付けない内なる炎 厳しい寒さと高地の環境で生命を維持するには、食べたものを即座に熱とエネルギーに変える強靭なアグニが不可欠です。未消化物(アーマ)を溜め込まず、常に内側をクリーンに保つこの「内なる炎」こそが、病を寄せ付けない強靭な精神の源となっています。
ネパールのアーユルヴェーダには、これら「地形が生んだ強靭さ」のエッセンスが全て凝縮されています。
わたし達が届けているのは、単なる癒やしではなく、彼らが当たり前に持っている「身体のコントロール技術」そのものなのです。
■ 現代ケアとネパール・アーユルヴェーダの徹底比較
わたし達が提供するネパール・アーユルヴェーダが、一般的な西洋的ケアや美容医療とどう違うのか、その専門的な対比を明確にしました。
【比較項目:西洋医学・美容医療(現代的ケア)】
・基本的アプローチ:対症療法(不足を補う・不要物を取り除く)
・視点:部分的・ミクロ(特定のシワ、シミを攻撃)
・主な手法:薬剤投薬、レーザー、注入、外科的手術
・美容の捉え方:「造形」(外的な修正と一時的な結果)
【比較項目:ネパール・アーユルヴェーダ(アクリティ)】
・基本的アプローチ:原因療法(不均衡を根本から整え、治癒力を促す)
・視点:全体的・マクロ(心・体・魂を一つの統合体と見る)
・主な手法:薬草オイル、食事、瞑想、マルマ刺激
・美容の捉え方:「発露」(内側の浄化が溢れ出す「艶」)
アーユルヴェーダ哲学において、本当のリラクゼーションとは単に筋肉が緩むことではありません。
それは「サットヴァ(純粋性)」の状態、つまり心・魂・肉体が一つに調和し、濁りのない静寂の中にいる状態を指します。
現代社会で「どう生きるか」という問いに対し、アーユルヴェーダは「哲学」から生まれた「医療」として答えを提示します。
目に見える肉体だけでなく、目に見えない「心」や「魂」に向かって深く浸透していく。
不純物を取り除き、内側を光で満たすことで、その人の本質的な美しさと強さが外へと溢れ出します。
これこそが、アーユルヴェーダが現代のわたし達に提供できる、究極の「自己再生」の可能性なのです。

慈愛の国・ネパールとの深い絆と安心の背景
ネパールを知ることは、アーユルヴェーダの「慈愛(メッタ)」の精神を知ること。日本人にとっても安心できる国である理由と魅力を紐解きます。
■ 日本からのアクセス意外と近い「神々の棲む国」
日本からネパールまでは、成田空港から首都カトマンズまでの直行便(ネパール航空)が運行されており、約7時間〜9時間ほどのフライトで到着します。
経由便を利用する場合でも、タイやベトナム、インドを経由して比較的スムーズにアクセスでき、アジア圏の中でも「心理的な距離」が非常に近い国です。
一度降り立てば、ヒマラヤの冷涼な空気と、どこか懐かしい風景があなたを待っています。
■ 王制から共和制へ:激動を乗り越えた「平和への願い」
ネパールはかつて、世界でも珍しい「ヒンドゥー教を国教とする王国」でした。長く続いた王制でしたが、2000年代に入り大きな転換期を迎えます。
2001年の王族殺害事件や、その後の民主化運動を経て、2008年に王制が廃止され、「ネパール連邦民主共和国」へと生まれ変わりました。
この激動の変遷は、単なる政治の仕組みの変化ではなく、ネパールの人々が「自分たちの未来を自分たちで選ぶ」という強い意志を持った歴史でもあります。
しかし、国が変わっても変わらなかったのは、人々の穏やかな微笑みと、伝統的な知恵を尊ぶ心でした。
現在の共和制の下、ネパールは多様な民族が共生する、より柔軟で開かれた国へと進化を続けています。
■ 親日国としての絆:長野県とネパールの物語
ネパールは、古くから日本への信頼が非常に厚い親日国です。
象徴的なのが長野県との深い関わりです。かつてネパールの無医村を救うべく立ち上がった長野県の医師、近藤亨氏の献身的な活動は今も伝説として語り継がれています。
また、長野県駒ヶ根市とネパールのポカラ市が姉妹都市を結ぶなど、草の根レベルでの交流が今も続いています。
この長年の絆があるからこそ、ネパールの人々は日本人を「友人」として、特別な温かさで受け入れてくれます。

■ 愛にあふれた安心国:貧しくとも豊かな「心の平安」
ネパールは経済的には発展途上にある国です。
しかし、アジアの中でも凶悪犯罪、特に殺人事件が極めて少なく、驚くほど治安が安定しています。日本よりも少ないことには驚きます。
そこには、他者を慈しみ、神々と共に生きる人々の「心の豊かさ」があります。
見返りを求めず、困っている人がいれば手を差し伸べる。
その愛にあふれた穏やかな国民性こそが、この国を世界で最も安心できる癒やしの聖地にしています。

■ 二つの宗教の融合:「調和」
多文化共生のモデル ネパールの最大の特徴は、ヒンドゥー教と仏教という二つの巨大な宗教が、争うことなく完全に「調和」している点です。
カトマンズの聖地スワヤンブナートでは、同じ敷地内に仏塔とヒンドゥーの祠が祀られ、人々はどちらの神様も等しく敬い、祈りを捧げます。
この驚くべき柔軟さと「他者を受け入れ、癒やす精神」は、アーユルヴェーダが持つ多様性を肯定する哲学の土台となっています。
この「和」の精神が国中に流れているからこそ、訪れる人は理屈抜きに深い安らぎを感じるのです。

■ネパールに流れる「生きたリズム」:自分を愛するネパールの日常
最後に、わたしがネパールで最も心打たれた光景をお話しします。
それは、ネパールの人々の日常の中に、アーユルヴェーダの智慧が「生き方」として溶け込んでいる姿です。
ネパールの朝は早く、そして神聖です。
まだ薄暗い午前4時。
人々は静かに起き上がり、まずは神様に祈りを捧げます。
そして、体に火を灯すように、ゆっくりと「タトパニ(白湯)」を飲み、一日を始めます。
6時前には、学生たちが重いバッグを背負い、まだ静かな道を学校へと歩き出します。
ネパールの学校は二部制で、時間帯によって小学生と中学生が入れ替わるため、朝、昼、夕方と、楽しそうに歩く子供たちの姿が街に溢れています。
聖なるハーブ「トゥルシー」のお茶を飲み、ダル(豆)スープとパンで朝食を済ませたら、食後はゆっくりとコーヒーを味わう。そこからは、皆それぞれのペースで一日が過ぎていきます。
驚くのは、焦って忙しく過ごしている人が誰もいないことです。 皆、顔を上げ、胸を張り、生き生きと前を見て生活しています。
日中はブレイクタイム。家族や友人とゆっくりお茶をして過ごします。
ネパール人は基本1日2食。お茶の時間を何より大切にし、お昼寝をしたり日向ぼっこをしたり、せかせか働く人はほとんどいません。
そしておしゃべりとお昼寝が大好き。ゆっくりのんびりしています。
19時頃になると、人々は一斉に自宅へ帰ります。町は大渋滞。
バイクや車がひしめき合うように動いています。
自宅につくと、玄関の前で火を熾し、夕飯を作って家族で囲む。
そして21時には布団に入り、深い眠りにつく。
そんな、太陽と共に生きる穏やかな時間がそこにはあります。

一方で、彼らは学びに対しても非常に意欲的です。
多くの方が英語に堪能で、海外留学を目指して懸命に勉強する学生たちの姿もたくさん目にしました。
「今」を大切に生きることと、自分の未来のために努力すること。
そのバランスがとても美しいのです。
ネパールで過ごしていると、「焦る」「急かす」という感覚がなくなっていきます。 日が昇るときに起き、夜は眠る。大切な人との時間を慈しみ、自分を優先して大切に過ごす。
そして、できないことはしっかり「NO」と言います。
かえって、わたし達はどうでしょうか。
我慢を重ね、常に何かに追われ、満員電車に揺られて1分1秒の遅刻も許されない。
社会性や礼儀という言葉に縛られ、自分を後回しにしていませんか?
祈る時間も、ヨガや瞑想で自分を見つめる時間も持てないほど、わたし達は「自分を大切にすること」を忘れているのかもしれません。
ネパールで過ごす時間は、人生を丸ごと見直す時間になります。
それは、豊かな幸せを体現している彼らに囲まれ、自然のサイクルと調和した生活リズムに身を置くからこそ得られる、魂の癒やしなのです。

ネパールの風と、アーユルヴェーダの可能性
煌びやかな装飾はありませんが、ネパールには5,000年の歴史が育んだ、魂を震わせる「本物」があります。
ネパールの風を感じ、ヒマラヤの祈りに触れる。
その体験は、単なる知識としてのアーユルヴェーダを超えて、あなたの生き方そのものを新しく塗り替える可能性を秘めています。
失われた生命力を呼び覚まし、自分を心から大切にしながら、誰かの人生を癒やす。
だからネパールは、訪れる人の人生を「再生」させる聖地なのかもしれません。



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